1.予防接種の意義

生まれてきた子供は、さまざまな感染症(ウイルスや細菌による病気)に対する自分の免疫を持っていないので、感染症にかかりながらひとつずつ免疫の勉強をしていきます。

ふつうの風邪ならば数日の咳、鼻水や発熱程度ですみますが、なかには重い後遺症が残ったり命にかかわったりする感染症もあります。

たとえば、麻疹(はしか)は衛生環境の悪い国では現在でも多くの子供たちが亡くなっており、ひとつの感染症としては死亡原因の第一位(世界中で毎年90万人)となっています。

また、ヒブ(インフルエンザ桿菌b型)や肺炎球菌による髄膜炎では、治療が遅れると寝たきりになることもありますし、最近おたふくによる難聴の頻度がかなり高いことがわかってきています。

命にかかわるほどでななくても、ロタウイルスの胃腸炎も重くなると入院が必要となり、本人やご家族にとって大きな負担となります。

このような重篤な感染症に対して、早期に予防接種を行って免疫をつけておけば、感染症にかからない、あるいはたとえかかっても軽くてすみます。

現在、多くの感染症に対する予防接種が整備され、1本で何種類も同時に接種できるようになってきており、本人に対する負担がかなり軽減しています。

実際、ヒブと肺炎球菌の予防接種が導入された国では、髄膜炎の発生頻度は激減しているというデータが示されています。

予防接種で防げる感染症にかかって後悔しないためにも、早めに計画を立てて予防接種を受けていくことが必要です。

2.予防接種の種類

予防接種は大きく分けて、生ワクチン(病原性をなくした病原体を使うもの)と不活化ワクチン(病原体の一部や毒素を使うもの)に分類されます。

主な生ワクチンには、BCG(結核)、麻疹(はしか)、風疹、おたふくかぜ、水痘(水ぼうそう)とロタがあり、主な不活化ワクチンには、三種混合(ジフテリア、破傷風、百日咳)、ヒブ(インフルエンザ桿菌b型)、肺炎球菌、B型肝炎、A型肝炎などがあります。

ポリオや日本脳炎などは生ワクチンも不活化ワクチンも存在しますが、どちらを使うかは国や状況によって異なります。

生ワクチンは免疫を刺激する働きが強いので、通常1回または2回接種すれば抗体(病原体を駆除するための物質)がつくとされています。

一方、不活化ワクチンの場合は、最低限の免疫力をつけるためにも3回から4回の接種が必要となり、さらにその免疫力を長年に渡って維持する必要がある場合は、繰り返し接種をすることもあります。

昨今、たくさんの種類の予防接種が必要となっているため、同時接種(一度に複数の予防接種を同時に行うこと)が一般的です。

世界中で同時接種が行われていますが、これまで不具合や問題は報告されておらず、日本小児科学会でも積極的な同時接種を推奨しています。

それぞれの予防接種についてまとめましたので、一覧表をご覧ください。

<ワクチンと対象疾患の一覧表>

BCG

乳幼児の結核性髄膜炎や粟粒結核の予防に有効。日本では標準的には5か月から7か月の間に1回のみ接種するが、シンガポールでは生下時に接種。かつては追加接種をしていたが、現在では1回のみ。

結核

結核菌の飛沫感染でおこる。肺結核だけでなく、特に乳幼児では髄膜炎などの原因になる。母子免疫は期待できない。欧米に比し、日本や東南アジアでは患者が多い。近年患者の減少傾向が鈍化しており、集団発生も見られるので注意が必要である。

B型肝炎ワクチン HBV

シンガポールでは一般的に「出生時、生後1ヶ月または2ヶ月、生後6か月」の3回接種が行われる。6ヶ月のときは、五種混合(下記参照)にB型肝炎ワクチンが加わった六種混合を用いることが一般的。

B型肝炎

B型肝炎ウイルス感染者の血液や体液との接触により感染する。小児では症状のないまま感染者となり、持続感染となることが多い。東南アジアや中国ではキャリアが多く、人口の8~15%を占める(日本は1~2%)ので海外生活では予防接種が望ましい。日常生活で感染する可能性があることから、2015年に日本でも定期接種になった。

五種混合 DPT + IPV + Hib

以前より存在した三種混合(DPT:ジフテリア、百日咳、破傷風)に、ポリオ(IPV)とヒブ(Hib)を加えた、合計5種類の混合ワクチン。シンガポールでは、3ヶ月、4ヶ月、6ヶ月と3回接種し、さらに1年半で追加を行い、合計4回で終了。その後、11歳で三種混合の追加(日本ではジフテリアと破傷風の2種(DT)のみ)を行えば成人になるまで免疫が維持される。

ポリオはかつて生ワクチンであったが、200万人に一人の確率で麻痺が起こるため、この副作用のない不活化ワクチンに変更された。また、ヒブによる髄膜炎はワクチンが普及するとほぼ消滅するといわれるほど、ワクチンの効果は高い。

ジフテリア (D)

ジフテリア菌の飛沫感染で発症。感染しても症状が出るのは10%程度。咽頭や喉頭、扁桃に偽膜を形成し、咳、呼吸困難、窒息を引き起こす。毒素による心筋障害、神経麻痺などもある。免疫のないものの致命率は10%以上。

百日咳 (P)

百日咳菌の飛沫感染で発症。風邪のような症状で始まり、咳がひどく続く。熱は出ない。乳児期に感染すると肺炎や脳症を起こす恐れがある。母子免疫は期待できないので、乳児早期からかかる可能性がある。

破傷風 (T)

破傷風菌は土壌などに存在し、外傷などで傷口から感染する。初期症状は口や舌のしびれ、傷口周囲異常感覚など。3日以内に開口障害、けいれんに発展する致命率の高い疾患。自然感染による免疫獲得はあり得ないので、予防接種は必須である。特に海外渡航に際しては勧められる。

ポリオ (IPV)

小児まひとも呼ばれる。便から排出されたウイルスが、咽頭や腸から感染する。現在衛生状態の良い国では報告がないが、西アジア、インド、アフリカでは今でも流行が見られるため、免疫をつけておく必要がある。感染しても症状が出ないことのほうが多いが、1000~2000人に一人は足を中心とする麻痺を残す。

インフルエンザ桿菌b型 (Hib)

健常人の鼻咽頭に常在。特に2歳までの乳幼児の重症感染症(重症肺炎・敗血症・髄膜炎など)の原因になる。つまり、大人にとっては問題ないが、乳幼児では命にかかわる重大な病気を引き起こす可能性がある。

肺炎球菌ワクチン

混合ワクチンがないため、このワクチンは別に接種する必要がある(他のワクチンとの同時接種は可能)。標準的には、生後2ヶ月から生後6ヶ月までに3回(シンガポールは2回)、1歳以降に追加接種を行う。また、老人の肺炎の主要な原因でもあることから、日本では高齢者でも定期接種が始まっている。

肺炎球菌

ヒブ(インフルエンザ桿菌b型)同様に健康な成人では単なる常在菌になり得るが、乳幼児では髄膜炎や中耳炎などの原因となる。たくさんのサブタイプがあり、現在は広く13種類をカバーするものがワクチンとして使われている。

ロタワクチン

胃腸の免疫を高めるため、このワクチンだけは「経口」で投与する。生後6週から可能であるが、24週(ロタリックス®)または32週(ロタテック®)までに4週間以上あけて合計2回(ロタリックス®)または3回(ロタテック®)の投与を終了する必要があるので、遅れないよう注意を要する。シンガポールにも日本にも上記2種類の製品があるが、どちらの製品を取り扱っているかは施設によって異なる。

ロタウイルス

乳幼児の急性胃腸炎を起こすウイルスの代表格。高熱、嘔吐で始まり、酸性臭のする白色下痢便が頑固に続く。脱水になりやすく、時にけいれんを伴うこともある。入院が必要なこともあり、本人や家族の負担が大きい疾患である。

新三種混合 MMR

麻疹(M)とおたふくかぜ(M)と風疹(R)の3種が混合されたワクチンで、日本では使用されていない。日本ではおたふくかぜが除かれたMRが使われているが、先進国でMMRを使用していないのは日本だけ。通常1歳以降に接種。1歳前に接種した場合は、後に再接種が望ましい。副反応として1週間前後に発熱、発疹などが20%に見られる。日本では無菌性髄膜炎が1200人に一人見られたというが、海外の報告では数万人に一人となっている。副反応としての髄膜炎での後遺症の報告はない。

麻疹(はしか) Measles

麻疹ウイルスの飛沫や空気感染により発症。このウイルスは非常に強い感染力をもつ。風邪症状の後、高熱とともに発疹が出現する。免疫不全状態が生じ、二次感染による肺炎、脳炎などを併発する恐れがある。日本では麻疹に対する対策が甘く、予防接種率は70%程度である。依然として毎年20~50人の死亡例が報告されている。

おたふくかぜ Mumps

ムンプスウイルスの飛沫感染による。約3分の1は感染しても症状がはっきりしない。耳下腺の腫脹(流行性耳下腺炎)以外にも睾丸や卵巣でウイルスが増殖することがある。その他、難聴や膵炎など合併症も多く、無菌性髄膜炎の合併は10~15%にみられる。6000人に一人の割合で脳炎を起こし、後遺症を残す可能性もある。

風疹 Rubela

風疹ウイルスの飛沫感染による。風邪症状に始まり、発疹、発熱、リンパ節腫脹が見られる。3日位で症状が落ち着くので、3日ばしかとも呼ばれる。血小板減少性紫斑病が3000人に一人、脳炎が6000人に一人の割合で見られる。妊娠初期に感染すると先天性風疹症候群児が生まれることもある。

水ぼうそうワクチン

1歳以降接種。感染力のある罹患者と接触した場合、3日以内にこのワクチンを接種すれば、発症予防効果が期待できる。この目的で、もし1歳以前に接種した場合でも、1歳以降に再接種が望ましい。予防接種後も20~30%は罹患するが、軽症化できる。シンガポールではMMRVとして1本に4種類(麻疹、おたふくかぜ、風疹、水ぼうそう)の生ワクチンが入った製品があるので、1度の注射で済む。

水ぼうそう(水痘)

ヘルペス群ウイルスの水痘ウイルスによる。小児期における世界的に残された最大の感染症。全身に水疱を伴う皮疹ができる。末梢神経内にとどまり、将来帯状疱疹の原因となる。

日本脳炎ワクチン

日本では3歳以降に接種開始。初回接種から1ヶ月、1年後の3回接種後、9歳以降で追加接種。シンガポールでは発生がないとの理由で通常接種を行わないが、マレーシアやインドネシアでは小流行が見られており、日本でも患者が発生していることから接種が望ましい。6ヶ月から接種可能なので、周辺諸国へ滞在するような場合は早めの接種が望ましい。

日本脳炎

豚で増殖した日本脳炎ウイルスが蚊によって媒介され人にうつされる。北海道をのぞく日本全土に分布。アジアにおける脳炎の最大の病原体。高熱、頭痛、嘔吐で始まり、意識障害、けいれんなどを起こす。感染者の1000〜5000人に一人が脳炎となる。50%は後遺症を残し、15%が死亡する。

A型肝炎ワクチン HAV

日本では16歳以上を対象とするが、シンガポールでは乳幼児でも接種可能。日本では初回接種から1か月、6か月後の3回接種が行われる。シンガポールでは6か月間隔での2回接種が行われている。

A型肝炎

A型肝炎ウイルスに汚染された食物を摂取することによる(特に魚介類)。小児では感染しても症状がはっきりせずに終わることが多いが、成人ではほとんどが発病する。現在の日本人はほとんどが自然免疫を持っていないため、海外渡航者にはワクチンが勧められる。

3.標準的なスケジュール

基本的には、発達過程において免疫がつきやすい時期とワクチンの特性を考慮しつつ、幼少期に重篤化しやすい感染症はできるだけ早めに予防接種をするようにスケジュールを立てるため、世界的に見てほぼ同じような組み合わせと順番で行われています。

たとえば、三種混合(DPT;ジフテリア、百日咳、破傷風)、ヒブ、肺炎球菌、ロタなど、乳児期から問題になる感染症は半年くらいまでに初期の免疫をつけておき、1歳を過ぎたら麻疹、風疹、おたふく、水ぼうそうを行うといったパターンは多くの国で共通です。

もちろん、細かいところは国による違いはあります。

たとえばBCGは日本では生後5ヶ月~7ヶ月ころに接種するのが通常ですが、シンガポールでは生まれてすぐに接種しますし、日本でMR(麻疹、風疹)の追加接種は小学校入学前(年長)が定期接種に組み入れられていますが、シンガポールはMMR(麻疹、風疹、おたふく)を1歳で初回接種し、その3ヵ月後に追加接種を行います。

近年はMMRではなく、MMRV(麻疹、風疹、おたふく、水ぼうそう)を使うことで水ぼうそうの予防接種も同時に可能になりました。シンガポールの標準的なスケジュール例を一覧表にまとめましたので、ご覧ください。

<シンガポールの標準スケジュール例PPT>

4.何を受けたらいいのか?

予防接種にはたくさんの種類があり、また追加の時期も微妙に異なっているため、わかりにくいと思います。

そこで、出生から2年程度シンガポールに居住する予定でしたら、すべてシンガポールのスケジュールに合わせて行えば、追加接種も含めて一通りの免疫が早期につき、帰国後にもスムーズに日本のスケジュールにつながるので、お勧めです。

日本で途中まで受けてきた場合や逆に途中で帰国するようなときは、事情に合わせて個別のスケジュール立案が必要になります。そのような時は、お気軽に担当医へご相談ください。

また、予防接種は病気ではないため、基本的に健康保険や旅行保険は使えませんが、駐在員などの場合は会社で費用の一部を負担してくれることがありますので、早めに確認してください。

日本と違って役所からお知らせがくることはないので、自分たちでスケジュールを意識しておく必要があります。

いずれにしても、予防接種で防げる感染症から子供を守るため、また「受けておけば良かった」と後悔しないためにも、必要な予防接種は確実に受けるようにしましょう。


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情報提供:ラッフルズジャパニーズクリニック