F1シンガポールGPのススメ・・F1ジャーナリスト山口正己氏に聞く

F1シンガポールグランプリ、初開催の昨年は世界初の公道を使ったF1ナイトレースとして、世界中から大きな注目を浴びました。ライトアップされたシンガポールの公道をF1マシンが最高時速300キロ近いスピードで走り抜ける映像が世界中に生中継され、シンガポールのイメージアップにも大きく貢献しました。

2回目の開催となる今年は、9月25日(金)~9月27日(日)の3日間、公道を封鎖して作られたマリーナベイストリートサーキットで行われます。1ヵ月後に開催が迫ったF1シンガポールグランプリについて、F1ジャーナリストとして200戦以上の現地取材をこなしてきた山口正己氏にお話を伺いました。

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山口正己氏のプロフィール
1976年、日本で始めて行なわれたF1GPを取材して以来、F1GPを中心に世界各国のモーターレーシングを取材。今年全戦取材するF1GPは、200戦以上を現場で体験。モナコGP23年、イタリアGP24年連続取材している。現在、F1を中心とする情報発進基地としてSTINGERという新たなメディアに挑戦中。ウェッブと携帯そしてマガジンを相互に利用し合ってファンと情報を共有する新たな世界を構築中。山口氏のブログ

-いきなりですが、F1が凄いといいますが、何がすごいんですか?

山口:まず音を聞いてほしいですね。相対的な凄さで言うと、「F1は殺人のない戦争」と言われるテクノロジーの進化です。たとえば何か物事を研究開発する場合、その事柄に進歩が認められれば、達成感がありますが、F1は“競争”なので、自分たちがいくらいい仕事をして確実に進化したとしても、誰かが先にゴールしてしまったら負けです。かといって、無理すれば完走もおぼつかない。そうしたことがバックボーンにあるんだ、ということを知った上で、特にシンガポールのようなコースは、ビルにこだまするエキゾーストノートの音量と音質を一度聞けば、理屈抜きに私の言っていることがどなたでも瞬間的に理解していただけると思います。
たとえば、マクラーレンに無線を提供しているケンウッドのエンジニアから聞いた話がF1エンジンの音の凄さを証明しています。ケンウッドで、新たな無線機を用意したときに、実際に装着する前に、テストをしたい。そこで、音響室で大きな音を出そうと試みたのだけれど、F1の音量を作り出すことができないことが分かったそうです。電車のガードの下の音は100デシベルくらいといわれていますが、F1のエンジン音は最高で130デシベル以上で、人工的には作れない。その音が必要なら、F1エンジンを持ってくるしかなかった、と(笑)。

-へぇ、それだけハイレベルな究極の戦いなんですね。

山口:F1は別名「整理整頓選手権」とも呼ばれています。呼んでいるのは私だけだったりしますが(笑)。それは、一切の無駄を省いて、たとえば徹底的な軽量化をしたり、タイヤ交換ひとつとっても、コンマ1秒をも無駄にしないシステムとメカニズムが駆使されています。
こんな話があります。私の知り合いが、あるタバコメーカがメインスポンサーだった時、そのウェアを着て、何か急いでいたことがあってF1会場の中を走っていると、チーム代表に呼び止められて、「このウェアを来たら絶対に走るな」と言われたそうです。なぜなら、慌てているイメージが、そのウエアのブランドとして伝わってしまうから。そうしないために事前の計画をきちんとこなして、走らないようにすることが必要なわけです。整理整頓をして、余裕を持ったチームには、結果的により有利なスポンサーが付き、さらに余裕を持って整理整頓が進んで速いクルマを作ることができる、というような循環です。

-シンガポールグランプリの見どころはどんなところでしょうか。

山口:まず、夜のレースだということですね。ナイトレースは、世界で17戦行なわれるF1の中でシンガポールだけ。ヨーロッパの時差に合わせてセッションがスケジューリングされます。例えば決勝レースはヨーロッパがお昼の午後8時にスタートします。
夜の帳とともに開幕するF1GPが、他のレースと最も大きく異なるのは、『祭りの高揚感』です。シンガポールは、夜祭に行く時と同じ気分でサーキットに向かうレースです。セッションが始まってF1マシンが走り始めると、なんだか花火大会と同じ気分の自分を発見するはずです。ドンと音がして夜空にパッと明るく広がる花火です。静寂を破るF1のエキゾーストノートは、凄まじくビルの谷間にこだまする大音響だけでなく、心に残る美しい音色として観客を虜にします。

-注目のドライバー、注目のチームを紹介してください。

山口:F1ドライバーは世界中に20人しか存在しません。世界各国のナショナルチャンピオンだけに、F1のステアリングが託されます。しかし、マシンの能力にはおのずと差があり、その差が成績を大きく左右します。今年、選手権をリードしているのは、ブロウンGPチームのジェンソン・バトンと、レッドブル・レーシングの二人、セバスチャン・フェッテル、マーク・ウェーバー。しかし、シーズン後半になって、今年から新たに導入されたKERSと呼ばれる回生エネルギーを使ってモーターを回すシステムが効果を表し始め、それを装着したマクラーレンとフェラーリがグングン頭角を表してきています。ブレーキのエネルギーを貯めこんで、1周のうち数秒間だけ加速に使えることから、長いストレートでは有利に働き、シンガポールでも70馬力相当といわれるその威力をかいま見ることができるはずです。

-お役立ちウェブは女性ユーザーさんが多いです。女性に人気のイケメンドライバーは誰でしょう?

山口:そりゃもう、ジェンソン・バトンで決まりです。が、残念ながら、ジェシカというレッキとした彼女がいますから(笑)。ニコ・ロズベルグもイケメンですが、ドイツ人的ふんぞりかえりタイプなので、ちょっと可愛くないかも。かわいさで行けば、ハンガリーで怪我をしてしまったけれど、復帰が待たれるフェラーリのフィリッペ・マッサです。勝ったらもちろん大喜びするし、失敗したときは、縮こまって“ゴメンナサイ”ととっても素直で、「小犬のように可愛い」とチームメンバーに愛されています。恋人募集中ということもあって私のイチオシは中嶋一貴です。よく見るとなかなか良い男だし、何せ性格抜群ですから!

-シンガポールのコースの特徴は何でしょうか?

山口:コースレイアウトに、他のコースと大きく違う特徴があります。それは、モナコのような市街地である、ということや、夜間に行なわれるということだけでなく、ほとんどのコーナーが直角コーナーである、ということです。公道コースは、コンクリートウォールと金網でコースが仕切られていて、たとえばモナコの場合、僅かなミスがガードレールヘの接触クラッシュを意味します。シンガポールも、コンクリートウォールと金網という条件は同じですが、ほとんどのコーナーが直角で、それぞれのコーナーの先にはセーフティゾーンと呼ばれるランオフエリア(空間)が設けられています。その安心感から、ドライバーはさらに果敢に高いスピードでのコーナリングにチャレンジし、結果として、壁にはぶつからないまでも、スピンやコースアウトが多くなるのです。そうしたリスクをコントロールして、去年初めてのナイトレースとして行なわれたシンガポールGPでは、戦闘力のやや劣るはずのルノー車でフェルナンド・アロンソ(元世界チャンピオン)が優勝して、実力が改めて評価されました。

-日本人としては、中嶋選手やトヨタの日本勢の活躍が気になります。

山口:中嶋一貴は、現在唯一の日本人ドライバーとしてF1に参戦しています。シーズン中盤までは、いいところまでいきながら、勝負運の巡り合わせがことごとくうまくマッチせず、惜しいレースをいくつも落としていますが、去年のシンガポールGPは、中嶋一貴にとって、ターニングポイントとなるレースになりました。そのレースの少し前に、チームと翌年、つまり今年の契約が内定していたのです。それによって、それまでチーム内のポジション的に、クルマを壊せない護りのレースを強いられる境遇から解き放たれた中嶋一貴は、チームメイトのニコ・ロズベルグに拮抗するタイムを連発、さらに次の日本GPでは、金曜日から始まるすべてのセクションでロズベルグを上回るタイムを叩き出して見せました。
テクノロジーの粋を集めたF1マシンを扱うドライバーにとっても、“ゲン”や“機運”は時として大きく成績を左右します。その意味で、昨年いいイメージをつかんでいるはずの中嶋一貴とウィリアムズ・トヨタのシンガポールGPは、注目のレースになるはずです。トヨタにもそれがいえると思います。F1に限らず、モーターレースは、ドライバー一人が走っている個人競技ではなく、チームが一丸となって闘う“チーム戦”です。特にナイトレースという環境の変化などに、チームが同調して、体調管理を含めて同じリズムに持っていかないと、勝つのは難しい。そこを上手くつなげれば、トヨタも面白いレースを見せてくれると思います。マシン自体は、トップを争えるレベルにありますから。

-最後にシンガポール在住日本人の方に、山口さんからメッセージをどうぞ!

山口:去年、シンガポールGPを見るまでは、どこが一番お勧めのF1グランプリですかと聞かれたら、即座に“モナコ”と答えていましたが、考えが変わりました。シンガポールは、コースレイアウトがドライバーのチャレンジングスピリットをかきたてるだけでなく、昼間はゆっくり飲茶を食べて、軽くショッピングをしてからレースが見られます。こんなグランプリ、世界中のどこにもありません! 祭りの高揚感を感じつつ待つスタートは、他では味わえないワクワク感があり、ビルにこだまするエンジン音(一度聞いてください。大音響なのにうるさくない。つまりとても澄みきった素敵な音色です)が、鼓膜だけでなく、あなたのハートも震えさせるはずです。そしてうらやましい限りなのは、シンガポールに住んでいる方は、自宅からコースに通えること。モナコの住人がモナコGPを誇りに思っているように、是非、国際イベントとしての場をシンガポールが提供していることを胸を張って感じていただくために、一度現場でこの高揚感を味わっていただきたいと思います。もちろん私は今年も行きます。一緒に祭りの高揚感を味わいましょう!

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